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神戸地方裁判所 昭和37年(わ)1393号 判決 1967年4月10日

被告人 有井健次

主文

被告人を禁錮一年六月に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は土木請負業を営む柴田建設株式会社の常務取締役で同会社の施行する土木工事技術担当責任者として土木工事の測量、設計現場監督等の業務に従事している者であるが同会社が神戸市灘区寺口町五八番地の傾斜地約六、六〇〇平方メートルに宅地造成工事を施行するに際し、これが測量設計にあたり、昭和三五年七月四日神戸市長に対し右宅地造成工事の届出をし同年九月中旬頃から同工事を始め、その監督に従事中、同年一二月二八日神戸市長より同工事については土留、石積工事を完全にし上北方平地及び工事施行地域内の排水施設を設けることにつき特に留意されたい旨の指示をうけさらに昭和三六年六月二二日には梅雨期のこととて災害予防の見地より安全保持のため工事に万全を期するよう警告を受けていたものである。

ところで右工事現場の南側斜面は黒雲母、花崗岩が母岩をなしその上層部は母岩の風化したマサ土で被われ極めて浸蝕、透水されやすい土質であり、且つ地下水が湧出していたため斜面を切り取り盛土をなし、土留石垣を築くにおいては降雨多量の際同地域上北方六甲ハイツ跡平地等より流下する表流水、浸透水あるいは地下水等の作用により土留石垣の倒壊をきたすおそれがあり、同現場より約二二度位傾斜する南麓一帯には富田政雄方外多数の人家が建ち並んでいて右崩壊石垣土砂等の流出落下によりこれら人家を倒壊させ、居住者の生命、身体に危害を及ぼす虞れがあるのは充分予測しうるところであつた。

従つてこのような地域における宅地造成工事の施行者としては工事着手前に予め地形、地質並びにこれに伴なう表流水等の流路等及びそれらの石垣に及ぼす影響を熟慮検討したうえ堅固な石垣を構築し、更に工事の進行に応じて適時に適切な排水設備を施す等して石垣倒壊による前記危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、被告人はこれを怠り工事現場附近は地下水の湧出している個所もあつたのに敢て看過したうえ設計上検討さるべき前記諸点への配慮を欠いた設計に基づき宅地造成の盛土の土留石垣を上下二段構築すべく、その根入れを平均して上段では約八〇センチメートル、下段では約五〇センチメートルの深さにとどめるとともに裏込栗石を下段石垣には平均して厚さ僅か約三五センチメートル投入したに過ぎぬまま、上下段とも背後の盛土を平均して設計より一・五ないし二メートルも高くした石垣を構築したものの石垣自体の排水設備を完備しなかつたのはもとより、全工事完成の暁に石垣周辺の側溝を初めて設ける考えで工事進捗状況に見合う適切な排水設備を設けず、加えて昭和三六年六月の梅雨期に入つたのに一向に排水に意を用いる気配もないまま工事を継続進行した設計上、施工上の過失により同年同月二四日午後二時半頃より同月二六日午前四時すぎ頃までの推算累計二〇〇ミリメートルの降雨量中同月二六日午前三時より同四時までの一時間にその五分の一を算する四〇ミリメートルの集中的降雨に際し、右宅地造成地域内に流入浸透した雨水により石垣背後の土が著しく軟弱、透水性の高いものとなりその強度を低下させると共に排水設備不完全のため石垣背後に右浸透水が貯留され設計よりも高い盛土と相まつて、石垣に対するその圧力が急激に上昇するところとなつたが、前記程度の根入れ等の石垣ではとうてい耐え得ず遂に同日午前四時一五分頃前記寺口町五三番地富田政雄方北側斜面に築造されていた前記石垣がその背後の盛土と共に一挙に崩壊落下して富田方家屋並びにその南側の同所五六番地平松毅方家屋を倒壊させ因つて右各家屋内で就寝中の富田政雄(当六七年)、富田姚(当三六年)、富田美子(当一〇年)を土砂埋没による圧迫により、富田政則(当五年)を頭蓋骨折により、それぞれ即死させ、中村[女乍](当三五年)に対し加療約一ケ月半を要する全身挫傷等、平松毅(当四九年)に対し加療約二週間を要する左足背感染創兼蜂巣織炎、平松千代子(当四一年)に対し加療約一週間を要する両下肢擦過傷兼打撲傷、平松美紀子(当一八年)に対し加療約一週間を要する四肢擦過傷兼左足蹠打撲傷の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示の所為は各刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項第一号に該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として犯情の最も重い判示富田政雄に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一年六月に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸弘衛 原田直郎 上本公康)

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